NGN(次世代ネットワーク)におけるITガラパゴス日本の苦悩
遅まきながら謹賀新年、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。m(_ _)m(ペコリ)
●日本のIT産業は生態系が孤立したガラパゴス諸島〜吠える日経社説
一昨日(6日付け)の吠えまくる日経社説から。
社説2 IT産業は世界を目指せ(1/6)
2008年は産業の分野でも日本の競争力低下を直視し、巻き返しを図る年となろう。自動車や精密機器などは今も競争力を誇るものの、もう一つの戦略分野だったIT(情報技術)産業がさえない。米国の攻勢や韓国、中国の追い上げに対し、海外展開に力を注ぐ必要がある。
IT産業はパソコンや半導体が中心だったが、インターネットの普及に伴い、デジタル家電や携帯端末などが主役に躍り出た。日本はアナログのテレビやVTRでは高い競争力を誇ったのに、デジタル化とともに勢いを失った。携帯音楽プレーヤーや携帯電話などはその典型だ。
コンピューターで情報を処理するデジタル製品は従来のアナログ製品と大きく異なる。モノ作りの技術よりも情報処理手順の標準化が競争力を左右するからだ。国内では標準でも海外と仕様が異なれば売れないし、コストも高くつく。「iモード」のような先進技術を開発しながら、世界シェアが10%にも満たない携帯電話はその代表例といえる。
デジタル放送など国ごとに方式が異なる製品も同様だ。日本が米国のテレビ市場で成功した背景には同じ規格を採用したことがある。携帯向け地上デジタル放送の「ワンセグ」受信機は、技術はよくても独自方式のため国内でしか売れていない。
大量輸出の批判を受けた自動車産業は生産の海外移転で対応した。IT産業は国内市場の開拓を優先してきた。携帯電話や電子マネーなどの分野で独自の技術や商品が開花したとはいえ、結果として日本のIT産業は生態系が孤立したガラパゴス諸島のようになってしまった。
今試されているのは、加速するIT市場のグローバル化にどう立ち向かうかだ。アップルやグーグル、ウォルト・ディズニーなど米有力企業が日本進出を狙う一方、ブラジル、ロシア、インド、中国のBRICsなどが有力市場になりつつある。
昨年末、総務省が次世代高速無線通信の免許を交付し、今春にはNTTの新しい通信網の「NGN(次世代ネットワーク)」が始まる。世界に先駆けた技術だが、国内にばかり目を取られていると携帯電話の二の舞いになる。ガラパゴスから脱し世界に通用する商品を開発する時だ。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20080105AS1K0500105012008.html
うーん、一人のIT業界人として耳の痛い論説であります。
しかしなあ、日経社説子のこの形容はちょっとなあ・・・
日本のIT産業は生態系が孤立したガラパゴス諸島
ですか。
・・・
ガラパゴス諸島って、日本のIT産業の世界シェアから比喩すればちょっと小さすぎませんか、せめて有袋類が独自進化したオーストラリア大陸ぐらいにしてほしいです(苦笑
まあ日本のIT産業がガラパゴス諸島ならば、そこに生息するエンジニアである不肖・木走などは、絶滅危惧種のガラパゴス象ガメか、それともすぐに体温が下がっちゃうのでいつもひなたぼっこしないといけないお間抜けな海イグアナか(苦笑
いずれにしても、日本のITエンジニアなんか外界の生態系が進入してきたらすぐに死滅する運命にあるわけですね、この日経のたとえでいけばですが。
・・・
ふう。
全国200万人(←本当かな(苦笑))のIT関連業者を挑発するような、この日経社説の『日本IT産業ガラパゴス諸島仮説』でありますが、急所を突かれていて完全には否定できないところが痛いのであります。
●日本のソフトウエア生産性と品質は世界最高水準〜なぜ日本のソフトは国際競争力がないのか。
まあ一口にIT産業といいましてもハードウエア屋からソフトウエア屋までいろいろなのですが、上記の日経社説が指摘する「技術はよくても独自方式のため国内でしか売れていない」という点は、主としてハードウエア仕様や通信手順仕様を指しているようですが事実ではあります。
そしてその独自方式のハードのもとで開発されるソフトがやはり「独自方式のため国内でしか売れていない」のも自明なのであります。
ソフトウエアに限れば当ブログで昨年エントリーした内容ともこの日経社説は通じているところがあると思いました。
該当個所を抜粋。
(前略)
■日本には下らない商習慣が多すぎる
スティーブ「しかし日本のこの会計年度が3月末に集中している悪習はどうにかならんかね。なんで年度末になるとこうも忙しくなるんだ?」
木走「まったくだね。まあお役所の会計年度にあわしているのだろうが、我々経営者からすれば、安定した経営のためにもシーズンを通じて作業量を平準化したいところなんだが、こればかりはお客様企業の都合だからな」
ス「これだけじゃない、日本には下らない商習慣が多すぎるよね、会計処理ひとつとっても国際標準とはかけ離れている。これじゃ日本のソフトハウスがいつまでたっても国際競争力を持つことができないのはよくわかる」
■日本のソフトウエア開発の生産性、品質、言語の壁、はどれも「神話」だ
木「日本の下らない商習慣が日本のソフトウエア開発業の国際化のさまたげになっているというわけか」
ス「そうだ、よく言われる日本のソフトウエア開発の生産性の低さ、品質の悪さ、あるいは日本語という言語の壁、といった問題はどれも些末な事象だ、生産性や品質に関しては「神話」だね」
木「「神話」?」
ス「私は過去10年、アメリカ人のチームともインド人のチームともイギリス人のチームとも仕事をしてきた。その私の経験上、多くの日本人技術チームの生産性は、同規模のアメリカ人チーム、インド人チーム、ヨーロッパチームよりもはるかに優秀だし、その品質も桁違いに高い。過去30年他の産業で顕著に示されている日本人の技能の優秀さは、この業種でもまったく同じなんだ」
■ではなぜ国際競争力がないのかといえば、日本独自の商習慣(仕様)に問題
木「でもOSやミドルウエア、あるいはビジネスアプリにいたるまで日本製ソフトのシェアはゼロに等しいよね。これはやはり日本のソフトウエア開発力に国際競争力がないことの何よりの証左であるのでは?」
ス「OSやミドルウエアがアメリカ主導なことは認めるが、アプリケーションソフトの開発では、日本の技術力は世界最高水準にある。ではなぜ国際競争力がないのかといえば、日本でどんなに優秀な生産管理システムや会計処理システムを開発・構築しても、世界標準の仕様とはほど遠いので、世界ではまったく使いモノにならないからだ」
木「なるほど、日本独自の仕様に問題があると」
ス「そうだ、はっきりいって日本の社会の悪慣習にシステム仕様をあわせざるを得ないので、どんな素晴らしいシステムを日本で開発しても、国際市場にうって出る商品力としてはゼロなんだよ」
■日本独自の商習慣という拘束を解ければ日本のソフトウエア開発力は間違いなく世界水準
木「しかし、日本のソフトウエア開発能力は優れているが日本社会の悪習慣がその国際競争力を落としているというのは、具体的に証明できることなのかな」
ス「できるとも、なによりも私が生き証人だよ(笑 冗談はともかくその証明は簡単だ。まず日本人技術者の生産性の高さ、成果物品質の桁違いの高さは、何人ものアメリカの学者の科学的調査で報告されている。さらに事象として、実は日本はソフトウエアの国際競争力トップの分野がただひとつあるんだ。それはアミューズメント系、ゲームソフトだ。この分野はニンデンドーという先駆者の存在、世界トップの日本のアニメーション製造技術、いくつかの日本に取り有利な条件があったが、日本がトップに君臨している最大の理由は、日本社会の独自習慣に仕様をあわせる必要が無く、はじめから世界標準の「楽しさ」の追及だけで勝負できたからだ」
木「うーん、なるほど、つまり他ならぬアメリカの調査結果が日本人技術者の優秀さを報告している点、日本独自の慣習の拘束から手離れした分野であるゲーム分野では日本のソフトウエア技術力がそのまま国際最高水準に評価されている点、これらが君の主張の根拠となるわけだね」
ス「そうだ、下らない日本独自の商習慣という拘束を解ければ日本のソフトウエア開発力は間違いなく世界水準だよ。あと、忘れて困るのは、「日本のソフトウエア技術は世界最高水準である」という事実は、私自身技術者として、アメリカ、日本、ニュージーランド、インド、世界四カ国で開発参加してきて、その経験上の見てきた実話なんだ」
(後略)
■[社会]日本のソフトウエア生産性と品質は世界最高水準〜なぜ日本のソフトは国際競争力がないのか。 より抜粋
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070323
日本のソフトウエア技術は世界最高水準であるが日本独自の仕様に問題があると言い張るアメリカ人エンジニアのスティーブ氏なのでありますが、このエントリー自体は日本のソフトエンジニアを励ます意味で掲載したいきさつなわけではありますが、一人の親日外国人の個人的見立てではあります。
・・・
●「NGN(次世代ネットワーク)」って何だ?
ところで日経社説の結語に注目してみましょう。
昨年末、総務省が次世代高速無線通信の免許を交付し、今春にはNTTの新しい通信網の「NGN(次世代ネットワーク)」が始まる。世界に先駆けた技術だが、国内にばかり目を取られていると携帯電話の二の舞いになる。ガラパゴスから脱し世界に通用する商品を開発する時だ。
ガラパゴス、ガラパゴスってしつこい(苦笑)ですが、それはともかく「NGN(次世代ネットワーク)」って単語が唐突に出てきてとまどった読者もいらっしゃることでしょう。
不肖・木走は業務でNGNに直接関わっているわけではないですが、仕事上NGNに関わっているベンダーや研究者と接触しておりますので、ここで簡単に解説しておきましょう。
ひょっとすると今後のキーワードになるかも知れませんので(←ならないかも知れませんが)
例によってフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から。
Next Generation Network
Next Generation Network (NGN、次世代ネットワーク) とは、Fixed Mobile Convergence (FMC) と呼ばれる固定・移動体通信を統合したマルチメディアサービスを実現する、IP(Internet Protocol:インターネットプロトコル)技術を利用する次世代電話網である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/Next_Generation_Network
まあ早い話、インターネットが普及し携帯電話が普及した現在、世界各国の通信事業主が生存を掛けた経営危機に直面しているわけであります。
従来の音声情報主体の固定電話利用者が激減(駅周辺の公衆電話BOXの激減を見れば一目瞭然ですわな)、回線接続の音声情報よりもパケット通信によるデータ情報のほうが量的に逆転してしまったわけでして、音声の通話を前提とした公衆回線網の維持が難しくなって来ちゃったわけです。
そこでカタストロフ的悲劇を事前に避けるため、電話回線全体をIP化しちゃおう、つまり電話回線の方からインターネットに歩み寄っちゃおうという構想が簡単に言えばNGN:Next Generation Networkなのであります。
世界各国でその仕様の標準化が計られつつ競うようにNGN化が発表されていますが、もう一度『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用。
[編集] 各国の状況
2000年代に入り、各国の事業者が公衆交換電話網の置き換えを発表している。日本のKDDI : 2008年までにIP化完了予定。
イギリスのブリティッシュテレコム : 2008年までにIP化完了予定。
大韓民国の韓国通信 : 2010年を目標にネットワーク部分のIP化完了予定。
日本のNTTグループ : 2008年までに長距離基幹網をIP化・2010年代前半までに原則として全面的にIP網化。
ドイツのドイツテレコム : 2012年を目標にIP化完了予定。
なるほど、日経社説の指摘どおり、日本が「世界に先駆けた技術」の実用化においては一歩リードしているようであります。
しかしITに詳しい日経の社説の割には、このNGNに関して「国内にばかり目を取られていると携帯電話の二の舞いになる。ガラパゴスから脱し世界に通用する商品を開発する時」と、乱暴にまとめてしまっているのは気に入りません。
私の知る限り、NGNにおいてもガラパゴス日本は、ヨーロッパとアメリカの覇権争いの波に揉まれすでに今現在から大苦戦が予想されているからであります。
・・・
●実は携帯電話で現在世界市場シェアトップのノキアが主導しているNGN構想〜これは明らかにハンディキャップレースだ
そもそも今のNGN構想自体、国際標準化の動きはヨーロッパ主導で決定されてきました。
中心となっているのは,欧州の標準化団体「ETSI(European Telecommunications Standards Institute,欧州電気通信標準化協会)」のプロジェクト「TISPAN(Telecommunications and Internet converged Services and Protocols For Advanced Networking)」であります。
このETSIのTISPANの参加企業が曲者(くせもの)でして、イギリスのBTやフランステレコムなどの欧州の通信事業者に加えて,スウェーデン・エリクソン,フィンランド・ノキア,独シーメンス,仏アルカテルなどの欧州ベンダーが主な推進役なのであります。
世界の携帯電話市場で我等が日本企業のシェアをガラパゴス化(?)させちまった張本人でもあるフィンランドのノキアなんかも加わっているのであります。
もちろん欧州以外の国も黙っているわけではありません。
ETSIのTISPANは2003年9月に発足したわけですが、国連の標準化機関である「ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector,国際電気通信連合の電気通信標準化部門)のプロジェクト「FGNGN(Focus Group Next Generation Network)」も、遅れながら2004年5月に始まったのであります。
こちらは欧州以外の日本やアメリカ、中国などのベンダーも参加しておりますが、残念ながら後発の弱みでETSIのTISPANで決まった仕様を追認するという役割が多かったのであります。
それでも我等が日本のベンダーは携帯電話で陥ったガラパゴス化を今度こそ避けるべく、国連のFGNGNにおいては多くの小委員会において議長や副議長を多数送り込み、とりあえず国連のほうは主導権を確保してきたのであります。
それにしてもです、今回のNGN構想ですが、少し専門的な話になりますがその通信プロトコルであるSIPひとつ取り上げても、第三世代携帯電話で採用された技術であり、やはりノキアなどのヨーロッパ勢が先行優位なことは否めません。
来るべきNGNが世界で普及し始めるときに世界の市場における日本勢の不利は避けられないでしょう。
携帯電話で現在世界市場シェアトップのノキアが新しい次世代ネットワークの仕様決定においても主導して、シェアがガラパゴスな日本は後追いしているこの状況はどうでしょう。
競馬で言えば、強い馬(ヨーロッパ勢)にさらにハンデ重量を軽くされ(先行技術を抑えられ)、弱い馬(日本勢)とハンディチャップがさらに広がっているようなものであります。
こうした背景を無視して「ガラパゴスから脱し世界に通用する商品を開発」せよとは、日経社説子も少々乱暴な物言いだと思うのです。
・・・
●すでにマルチ統合サービス競争の時代に突入しているアメリカはNGNに関心無し
さてこうなると気になるのがアメリカの動向です。
IT業界では「グローバルスタンダード(世界標準)とはアメリカンスタンダード(アメリカ基準)に他ならない」と揶揄されるほど、無視できないアメリカ企業およびアメリカ市場の動向なのでありますが、なぜか日本のメディアでは取り上げられていないのが不思議なのですが、実は私が知る限りアメリカではNGN構想はいまだまったく関心が持たれていません。
ヨーロッパや日本などが熱にうなされてるような状態で競い合っているのにも関わらずIT先進国アメリカにおいてはほとんどNGNは話題にすらなっていないようです。
前出の私の知人のアメリカ人エンジニアであるスティーブ氏によれば、アメリカでNGNが話題にならない理由は大きく2点あると指摘しています。
ひとつにはNGNの仕様や規格がヨーロッパ主導で決められていることへの反感だそうであります。
そもそもNGNのプロトコルであるSIPにしてみてもその前身はインターネットのプロトコルであるTCP/IPに由来しており、アメリカにしてみればペンタゴンの実験ネットワークARPANET以来30余年、今日のIT技術を主導してきた自負心があり、ヨーロッパが勝手に決めている(ように見える)NGN構想など興味がないというのです。
そしてIT先進国アメリカにおいてほとんどNGNは話題にすらなっていないもうひとつの理由ですが、おそらくこちらが実際のところリアルな現実なのでしょうが、日本やヨーロッパに比し先進のITサービスが先行するアメリカにおいて、実はもう通信事業主が生存を掛けたカタストロフ的競争が始まってしまっていて、のんきにNGN構想などを練っている暇などないというのです。
ご存知の通り、アメリカでは日本よりはるかにケーブルテレビが普及していて、これらの大手CATV事業者が、アメリカの電話会社であるAT&Tやベライゾンの強力なライバルとして台頭してきているのです。
大手CATV事業者がインターネット電話やケーブルモデムで通信業界に参入し、対抗上、AT&Tとベライゾンも光ファイバーによる放送事業を開始したのだそうです。
つまり、日本や欧州より一歩先を走っているアメリカでは、すでに世界に先駆けて放送、電話、ネット、携帯電話のマルチ統合サービスの時代に突入しているというわけです。
・・・
●NGN(次世代ネットワーク)におけるITガラパゴス日本の苦悩
ヨーロッパ主導のNGN構想になんとか割り込もうとがんばっている日本ベンダーですが、このままでは先行するヨーロッパ勢に対し苦戦を強いられる可能性が高いのであります。
一方のアメリカではNGN構想どころか、すでにマルチ統合サービスの時代に突入して放送事業主と電話事業主の間で激しい競争が発生しております。
「日本のIT産業は生態系が孤立したガラパゴス諸島」化してしまう恐れは確かにあるのでしょうが、こと次世代ネットワークNGNに関しては、私個人としては日本のIT産業は不利な状況にもかかわらずけっこう努力はしていると思います。
しかし国際標準化というのは、個々の企業の力ではどうしようもない国際的な国家的レベルの覇権争いの側面もあるわけです。
ここは日本政府も確固たる意思でもって柔軟な戦略を構築すべきです、例えばアジア各国と仕様の連合を模索するとか、NGNに冷たいアメリカとの共同戦略を構築するとか、ヨーロッパ勢に対抗しうる国家連携の戦略を検討するのも一案ではないでしょうか。
NGN(次世代ネットワーク)におけるITガラパゴス日本の苦悩は深いのであります。
(木走まさみず)