木走日記

場末の時事評論

不明年金問題は社会保険庁による「人災」〜5000万件というとほうもない数の「名寄せ」の失敗を放置してきた社会保険庁

●不明年金全額追い払い 領収書以外も対応 政府・与党

 今日(26日)の朝日新聞紙面一面トップ記事から。

不明年金全額追い払い 領収書以外も対応 政府・与党
2007年05月25日23時40分

 政府・与党は25日、年金記録が宙に浮いたり、消えたりしている問題の対策を明らかにした。本来の年金額を受給していなかった場合、現行制度では差額を受け取れるのは過去5年分だけだが、時効をなくして全額受け取れるような特別立法を議員立法の形で行う。さらに安倍首相は衆院厚生労働委員会で、領収書以外の証拠でも年金を支払う考えを示した。与党はこうした対策と引き換えに同日夕、社会保険庁改革法案の採決を強行し、与党の賛成多数で可決した。野党は反発し、その後の審議を欠席した。 

 一連の対策は、議員立法以外は、すでに政府が方針を示していたものも多く、目新しさはない。すべての記録にもれなく対応できる実効性も保障されていない。本人の申し出がなければ記録が正しくならない「申請主義」の原則は曲げなかった。このため、野党も「その気があればできることをきっちりやるだけの内容」と批判している。

 安倍首相は25日の質疑で「領収書がなければダメだ、という(社保庁の)今までの態度は改める」と明言。厚労省も同日夕に発表した対策で、社保庁と本人の双方に記録や証拠がない場合の手続きなどを「できる限り早期に策定する」という項目を盛り込んだ。

 一方、柳沢厚生労働相は与党委員の質問に答える形で、年金記録が浮いたり消えたりしたことで損害が生じている人の救済策や、損害を未然に防ぐ策を提示した。「宙に浮いている年金記録」5000万件のうちの生年月日が不明なデータや受給年齢に達しているデータ計2880万件と受給者3000万人のデータを突き合わせ、「宙に浮いた記録」の持ち主と思われる人に記録確認を申し出るように呼びかける。

 また、保険料納付期間が25年に満たず、無年金となっている人の中には「宙に浮いた記録」を合わせれば受給可能となる場合もある。このため、対象年齢層が重なる介護保険の仕組みを利用し、市町村が介護保険料通知書を送る際に、年金についても確認を呼びかける文書を同封する。

 さらに、現在は市町村などに残っている古い記録と社保庁のコンピューター記録が一致しているかどうかの点検作業も進める。柳沢氏は「(点検には)専門的知識が必要なので、社保庁OBをあてることを考えている」と話している。

 また、記録が正しく訂正されたときでも、現在は時効の規定により差額を5年分しか取り戻せないが、議員立法で時効を適用せず差額を全額もらえるようにすることを、政府・与党の方針として確認した。

http://www.asahi.com/politics/update/0525/TKY200705250392.html

 なんだか大変なことになってきちゃいましたね。

 「宙に浮いている年金記録」5000万件のうちの生年月日が不明なデータや受給年齢に達しているデータ計2880万件と受給者3000万人のデータを突き合わせ、「宙に浮いた記録」の持ち主と思われる人に記録確認を申し出るように呼びかける。

 「宙に浮いている年金記録」5000万件ですか。

 そのうちの生年月日が不明なデータや受給年齢に達しているデータ計2880万件と受給者3000万人のデータを突き合わせるですか。

 ・・・

 すべての記録にもれなく対応できる実効性も保障されていない。

 本人の申し出がなければ記録が正しくならない「申請主義」の原則は曲げなかった。

 やれやれです。

 ・・・

 ・・・



●あのね、「申請主義」以外の対応は無理なんだってば、だって信じられないことに原簿がないんだもの(苦笑

 私はシステム屋としていくつかの自治体の納税システムや年金システムを手がけてきましたので、少しだけこの問題でお話できることがありますが、野党もメディアも政府の「申請主義」の原則を批判してますが、無理なんだから仕方ないんですね、もう今となっては完全なデータの復元は不可能なんであります。

 全ての問題は10年前、年金の運営を効率化するために、国民に新たに基礎年金番号を付けて一本化した際に生じたのであります。

 この年金データの「一本化」がえらい大変だったのであります。

 それまでの年金の記録は厚生年金や国民年金ごとに管理され、転職するたびに番号が変わったり、また各自治体で管理されていたために、全国各地にいくつもに分散されていたデータをひとつにまとめるわけですから、そりゃ大変でして、こっちのデータの「山田太郎」さんのデータとあっちのデータの「山田太郎」さんのデータが同一人物かどうなのか、完全に集約するのは困難を極めたのであります。

 固有人物のデータを名前・生年月日等の情報を元に集めることを「名寄せ」というのですが、これは大変な作業なので、当時全ての加入者に複数の年金に入ったことがあるかを問い合わせて「名寄せ」したのですが、返事の無い人が多くてその分が宙に浮いたのであります。

 で、本来「名寄せ」に失敗した「宙に浮いたデータ」が発生したら、たとえば私が手がけた自治体の納税システムでしたら、そこは慎重に情報をトレースしてそのようなデータリストを元に担当者が時間を掛けて一件一件解決していくものなんです。

 ところが5000万件もの膨大な量に途方にくれてしまったのでしょうか、システム屋から言わせていただければずさんとしか言いようが無いですが、社会保険庁はデータのトレースを放置したまま、10年後の今日の悲惨な事態を招いてしまったわけですね。

 これはあきらかに必要な処置をしてこなかったと言う意味で、社会保険庁による「人災」です。

 ・・・

 で、野党もメディアも政府の「申請主義」の原則を批判してますが、これですね、あまり報道されていないようなんで、私の知る範囲ではっきりお話しておきますが、社会保険庁や政府は認めてないようなんですが、実は深刻なことには「申請主義」以外対応は無理なんだから仕方ないんですね。

 もっとはっきり言うと、全てとはいいませんが多くのデータが今となっては復元は不可能なんですよ。

 つまりこういうことです。

 10年前まで自治体が管理していた情報はデータ統合により、社会保険庁に移管され統合管理されましたよね。

 ですからそのときに自治体によっては不要な過去の情報は破棄してしまっている可能性があるのです。

 つまりいまさら政府が照合しようにも自治体によっては照合すべき当時の原簿がない可能性があるわけです。

 で、今になって政府は裏で各自治体に原簿が管理されているかおおあわてで問い合わせているのですが、そんなものとうに破棄してしまっている自治体も多いのでしょうね。

 私の関わった東京都下の自治体もきれいに破棄してしまっています。

 ・・・

 ・・・

 システム屋としては呆れてしまうのですが、5000万件というとほうもない数の「名寄せ」の失敗を放置してきた社会保険庁には、実は今となっては完全な復旧策がないのです。

 だから「申請主義」以外の対応は無理なんであります。

 だって信じられないことに当時の原簿が一部もうないんだもの(苦笑

 ・・・

 メディアも野党ももっとその事実を追及すべきじゃないかな。

 これは社会保険庁による「人災」です。



(木走まさみず)



<関連テキスト>
■[社会]原簿を破棄せよというおバカな命令を下したのは社会保険庁自身
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070601/1180687074
■[社会]原簿を完全にきれいに破棄した自治体数は284〜社保庁自体の民間では考えられない杜撰な体質
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070604/1180924449
■[社会]政府に代わって「宙に浮いた年金記録5000万件」不払い金額総額の試算をしてみる
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070606/1181100250
■[社会]年金不明問題:「自爆」発言で労組も政府もだめだこりゃ
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070608/1181276510
■[社会]社会保険庁とNTTデータとの「特別の事情」
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070611/1181541308
■[社会]不明年金問題:問われるシステム開発主幹会社NTTデータの責任
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070615/1181876332