木走日記

場末の時事評論

責任ある言論とはとても言えない朝日社説〜「原子力白書」―温暖化で舞い上がる時か

 昨日(20日)の読売新聞記事から・・・

原子力白書、情報公開求める異例の見解添付

 原子力委員会は20日、2006年版の原子力白書を公表した。

 世界のエネルギー需要が2030年には現在の約1・5倍に増加することが予想されるなか、原子力発電を地球温暖化対策の中核手段の一つと位置付け、積極的な原子力利用の重要性を強調した。

 一方で、国内で解決を急ぐ課題として、高レベル放射性廃棄物の最終処分場問題などを挙げた。

 同委員会は、北陸電力志賀原子力発電所1号機(石川県志賀町)の臨界事故の隠ぺい問題などを受け、透明性の高い情報公開と法令順守の徹底などを各電力会社に求める異例の見解を急きょまとめ、白書に添付した。

(2007年3月20日10時25分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20070320it02.htm

 原子力委員会は20日、2006年版の原子力白書を公表したそうでありますが「世界のエネルギー需要が2030年には現在の約1・5倍に増加することが予想されるなか、原子力発電を地球温暖化対策の中核手段の一つと位置付け、積極的な原子力利用の重要性を強調」したのだそうです。

 中国やインドの台頭により世界のエネルギー需給バランスは急激に悪化していることは、昨年一バレル当たり70ドル超という史上最高値を更新し、依然として50ドル超と高止まりしている原油価格の例を持ち出すまでもなく、資源消費国・資源産出国両者のそれぞれの国のエネルギー安全保障戦略の見直しを強く迫っております。

 国により若干の政策の違いはありますが、マクロ的に言えることは、当然ながら需要過多の市場では供給者優位は揺るがず、世界最大の資源大国ロシアのように資源高騰を武器に想定以上の経済成長を続けながら、自国に逆らう東欧関係国には資源供給をストップすることで資源を外交圧力に利用したりする動きが活発になってきています。

 資源小国日本としても手をこまねいているわけではありません。

 世界有数の資源保有国であるロシアとは、05年11月のプーチン大統領訪日の際に、麻生外務大臣、二階経済産業大臣とフリステンコ産業エネルギー大臣との間で、太平洋パイプライン・サハリンプロジェクトなど、今後日露間でエネルギー協力を進めていく上での基礎となる二つの文書に署名がなされました。

 また、資源エネルギー庁ガスプロム社は、ガスプロム社と日本企業の協力関係の拡大などを内容とする包括的な協力協定を締結しました。

 さらに例えば、今後、燃料多様化の手段の一つとして導入が望まれるバイオエタノールについては、その世界最大の輸出国であるブラジルとの間で、05年5月に行われた首脳会談において、ブラジルからのバイオエタノール導入等について意見交換を行うための日・ブラジル合同のバイオマス・ワーキンググループ創設が合意され、06年4月には二階経済産業大臣、フルラン商工開発大臣による第1回会合が行われました。

 考えてみれば米国の要望のもとにイラクへの自衛隊派兵だって、資源小国日本のギリギリの資源外交戦術であるとも考えれましょう。

 石油確認埋蔵量世界3位のイラクとは05年12月に、二階経済産業大臣とウルーム石油大臣(当時)との間で、円借款等を活用した石油・天然ガス分野の復興支援・技術者支援、日系企業の活動支援を盛込んだ共同声明に署名をしました。

 ・・・

 しかしこのような日本の努力にも関わらず、日本のエネルギー安全保障戦略は万全であるとは言えません。

 白書が「世界のエネルギー需要が2030年には現在の約1・5倍に増加することが予想される」と指摘している通り、今後20年で世界全体のエネルギー需要が50%も増加するなかで、最大のリスクは、世界全体のエネルギー供給能力が果たしてこの急激な需要の伸びをまかなえるほど向上できるのか、と言う点であります。

 油田・ガス田の新規開発、風力や地熱や太陽光発電などの代替エネルギー源の開発、省エネルギー施策の国際的拡大による需要抑制策、等、現在考えられるあらゆる施策を実行に移したとしても、世界全体のエネルギー供給能力が改善される見通しを持っている楽観論者は皆無なのであります。

 資源大消費国であり国内にほとんど資源をもたない日本にとって、エネルギー安全保障の観点からこれからの20年で起こるであろう国際資源競争にどう向き合っていくのか、早急に国家戦略を構築しなければならないわけです。

 昨年ついに石油輸入量で日本を抜いて世界2位になった中国をはじめ、我が国を取り巻く国際エネルギー需給バランスの急激な変化を、私たちは軽んじてはいけないでしょう。

 資源エネルギー庁の資料によれば、1973年オイルショック直前の我が国の電力発電における一次エネルギー源の構成は、

 石油等 73%
 水力・地熱・新エネルギー等 17%
 石炭 5%
 原子力 3%
 LNG 2%

 でありました。

 この異常な石油依存体質により、オイルショックによる原油価格の暴騰に世界で最も脆弱性を露呈したのは日本経済でありました。

 これを教訓に、この30年、官民上げて日本は国家戦略として大きく二つの方針を掲げてきました。

 ひとつは徹底した省エネルギー対策であり、ひとつは一次エネルギーの中東石油依存体質からの脱却であります。

 資源エネルギー庁の資料によれば、1973年から30年後の2004年の我が国の電力発電における一次エネルギー源の構成は、

 原子力 29%
 LNG 26%
 石炭 25%
 水力・地熱・新エネルギー等 11%
 石油等 10%

 一次エネルギー源における石油の割合は、73%から10%にまで落とすことに成功したのであります。

 そして石油に変わる一次エネルギーとして原子力が、現在では我が国の全電力需要の3割までまかなっているわけであります。

 これにより現在の原油価格高騰は我が国経済への影響度としては、30年前のオイルショック時に比し格段に下がったのでありまして、日本経済は原油価格高騰の中、好景気を維持しているのは衆知の事実なのであります。

 ・・・

 次々に発覚する電力各社によるトラブル隠しやデータ改ざんの中で、何とも間の悪い時期に公表された原子力委員会の2006年版原子力白書なのでありますが「同委員会は、北陸電力志賀原子力発電所1号機(石川県志賀町)の臨界事故の隠ぺい問題などを受け、透明性の高い情報公開と法令順守の徹底などを各電力会社に求める異例の見解を急きょまとめ、白書に添付した」のは当然でありましょう。

 徹底した情報公開無くして国民の理解が得られるはずがありません。

 原子力発電所を中心に半径100KMの円を描くと、日本以外で世界中でこのような住宅密集地を数多く抱えている原発国などどこにもないのであります。

 原子力発電の安全性にはゴールはありません、地震列島でもあり活断層だらけの狭い島国日本にこれだけの数の原子力発電所が密集している事実を、私たちは忘れてはいけないのです。

 透明性の高い情報公開と法令順守の徹底など安全性への取り組みは、民間会社である各電力会社だけに押しつけていては限界があります、ここは政府として責任ある指導力を発揮していただきたいのであります。

 ・・・

 日本に取り原子力は本当に温暖化対策に有効であるかは関係ありません。

 温暖化対策に有効であるかは関係なく原子力に代わるエネルギー源が現在の日本にはないのですから、選択肢はありません。

 いかに原子力が安全性が盤石でなくとも日本は一次エネルギーの3割を占める原子力エネルギーを捨てることはできません。

 国際的に資源需給バランスがおかしくなりつつあり、かつまったく国内に資源のない日本の現状では、現実的にはこの先も原子力の力に依存していかなければエネルギー安全保障戦略が成り立たないのであります。



●「原子力白書」の内容を条件付きながら肯定評価する【読売社説】【産経社説】【日経社説】

 この「原子力白書」の公表を受け、今日の主要紙4紙(毎日新聞除く)は社説にてこの問題を取り上げています。

【朝日社説】「原子力白書」―温暖化で舞い上がる時か
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

【読売社説】[原子力白書]「期待が空回りしないように」
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070320ig90.htm

【産経社説】原子力白書 世界の潮流を読み誤るな
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/shucho/070321/shc070321000.htm

【日経社説】原子力の不毛な停滞は許されない(3/21)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20070320MS3M2000220032007.html

 例によって朝日以外の3紙と朝日では主張の色合いが違うようです。

 まずは、朝日以外の各紙社説の結語を列挙しましょう。

【読売社説】[原子力白書]「期待が空回りしないように」

 世界でも、先進諸国で原発が再評価され、新設の動きが活発化している。原発導入を目指す途上国も増えた。だが、安全性、核拡散への懸念は根強い。

 原発が温暖化対策として「公認」されていないことは、その例だ。国際的な温暖化対策を定めた京都議定書では、先進国の支援で途上国が原発を建てても、CO2の排出量を減らしたとは認められない。いわば「原発外し」がある。

 現状打破のため、白書は、日本の積極的な働きかけを求めている。それが説得力を持つためにも、安全で着実な原発運転を目指さねばならない。

【産経社説】原子力白書 世界の潮流を読み誤るな

 現在の日本は、原子力プラントを建設する世界一の技術力を保有している。米国は1979年のスリーマイル島原子力発電所の事故以降、新規に原子力発電所建設を手がけていないので、その間も継続してきた日本の技術力が高くなったのだ。

 にもかかわらず、国内の電力会社はデータの不正や事故の隠蔽(いんぺい)を行っていた。原子炉の異常や操作の過誤は隠さず報告し、その事例を共有することで、安全性を進化させていかねばならない。その過程が国民に透明であることが必要だ。足元を固めたい。

 今の時点で大事なのは、原子力をめぐる国際情勢を冷静に認識することである。プルサーマルの実施や最終処分施設の立地についても後ろ向きの議論を続けているときではない。

 世界のエネルギー潮流は、原子力を軸に動きだしている。

【日経社説】原子力の不毛な停滞は許されない(3/21)

 日本の原子力は1990年代半ば以降、謙虚さを欠いたがゆえの事故、虚偽報告などが相次ぎ、原発稼働率は低いままだ。高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の事故、東京電力福島原発のトラブル隠しなど、むなしい事例は数多い。安全文化の醸成はそのたびに叫ばれてきた。

 来年からはいよいよ京都議定書に基づく温暖化ガスの排出削減の義務期間が始まる。排出削減はその先も続く。その役割を原子力に担わせるためにも、安全文化の定着を急がなければならない。

 3紙に共通する認識としては「エネルギー資源を巡る国際競争は激化している。地球温暖化も深刻化する一方だ。白書が書いている通り、原発抜きで、こうした難問を解決することはできない」(【読売社説】)という資源小国日本の切迫した一次エネルギー問題として原子力依存やむなしと今回の白書の内容を肯定評価している点です。

 もちろん3紙とも「原子炉の異常や操作の過誤は隠さず報告し、その事例を共有することで、安全性を進化させていかねばならない。その過程が国民に透明であることが必要」(【産経社説】)と、原子力発電を推進するためにも、透明性の高い情報公開と法令順守の徹底など安全性への取り組みが大前提であるとしています。



●【朝日社説】「原子力白書」―温暖化で舞い上がる時か

 さて一方の朝日社説ですが全文掲載。

【朝日社説】「原子力白書」―温暖化で舞い上がる時か

 次々に発覚するトラブル隠しやデータ改ざんの中で、06年版の原子力白書が発表された。

 「地球温暖化だ。さあ、原発の出番だぞ」。そんな掛け声が聞こえてきそうな威勢の良さである。現状認識が甘すぎるといわざるをえない。

 白書は、原子力政策の基本方針をつくる国の原子力委員会がまとめた。

 「地球温暖化」を大きく取り上げ、原発を問題解決の「中核的手段の一つとなり得る」と位置づけた。二酸化炭素をほとんど出さないというのが理由だ。

 2月に出された「気候変動に関する政府間パネルIPCC)」作業部会の報告も素早く引用した。その温暖化予測をもとに「原発の優位」を強調している。

 だが、地球環境の保護を言うなら、放射能をまき散らしかねない原発の大事故を封じる手を打ってからだろう。

 トラブル隠しなどについては、北陸電力志賀原発1号機の臨界事故隠しを受けて、原子力委が白書とは別に緊急声明を出すにとどまった。白書づくりに間に合わなかったということか。

 しかし、去年を振り返ると、原発データに改ざんの疑いがある事例は、散発的に明らかになっていた。水力発電用のダムのデータ改ざんなども問題になり、電力会社への信頼は大きく揺らいでいた。

 ガス湯沸かし器一酸化炭素中毒問題をきっかけに、事故情報をどう扱うかが、企業の社会的責任として大きく浮かび上がった年でもある。

 原子力安全・保安院は去年11月、電力業界に過去のデータを点検し、問題があれば正直に公表するよう指示した。その結果、いまトラブル隠しなどが相次いで明るみに出ているのである。

 原子力委は、少なくとも保安院が指示を出した時点で、どのようにして点検の結果を原発の信頼回復に生かすかを考えるべきだった。

 原子力委は緊急声明で、過ちや異常な事象が起これば原因を分析し、「教訓として世界の関係者と共有していくこと」の大切さを強調した。そう言うなら、今こそ具体的な手立てを提言すべきだ。

 たとえば、ヒヤリとした程度のトラブルの場合には、進んで公表すれば、とがめないというような制度を導入すべき時なのかもしれない。

 99年にあった志賀原発の臨界事故の発覚後、東北電力中部電力東京電力の4原発でも88〜00年の定期検査中に制御棒が抜ける事例があり、公表されていなかったことがわかった。これらは臨界に至らず、報告義務もなかった。

 いずれも沸騰水型炉で、制御棒を下から差し込む方式だ。先に起こったトラブルの情報が業界で共有されていれば、臨界事故は防げたかもしれない。公表がどれほど大切かを物語る結果となった。

 原子力は本当に温暖化対策の選択肢なのかどうか。それを見定めるのは、だれからも信頼される安全体制を確立してからのことだろう。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html

 まず今回の白書は「温暖化で舞い上がる時か」と完全に批判しています。

 「地球温暖化だ。さあ、原発の出番だぞ」。そんな掛け声が聞こえてきそうな威勢の良さである。現状認識が甘すぎるといわざるをえない。

 だが、地球環境の保護を言うなら、放射能をまき散らしかねない原発の大事故を封じる手を打ってからだろう。

 社説の結語はこうです。

 原子力は本当に温暖化対策の選択肢なのかどうか。それを見定めるのは、だれからも信頼される安全体制を確立してからのことだろう。

 かねてより国の原子力行政に対し批判的である朝日新聞ですので、このような「白書」批判は驚きはしないのですが、しかし、この朝日社説はいただけません。

 「放射能をまき散らしかねない原発の大事故を封じる手を打」つのが先決なことも、「だれからも信頼される安全体制を確立してから」「原子力は本当に温暖化対策の選択肢なのかどうか」見定めることも異存はありません。

 原子力の安全性が盤石でないのはその通りであります。

 しかし原子力を推進していこうと主張する「原子力白書」を批判するのならば、朝日新聞は責任あるメディアとして、原子力推進に代わる実現可能なこの国のエネルギー安全保障戦略を明確に提示しなければなりません。

 現在一次エネルギーの30%を占める原子力の推進を否定するのであれば、この先20年、確実に逼迫するであろう世界のエネルギー需給バランスの中で、資源小国日本はどのような戦略で向き合っていくのか、実現可能な戦略を示してほしいです。

 ただただ、原発は危険だという先入観だけで、推進を唱える白書を「温暖化で舞い上がる時か」と無責任に茶化しただけで、原子力推進に代わる代替戦略も提示できないのでは、責任ある言論とはとても言えません。

 ・・・

 「現状認識が甘すぎるといわざるをえない」のは朝日社説のほうです。



(木走まさみず)