木走日記

場末の時事評論

「プレーヤー」か「カード」か微妙なポジションだった日本外交〜全会一致の国連北朝鮮非難決議は日本外交の勝利だったのか

●全会一致の決議案を強く支持している各紙社説の微妙な「色」の違い

 弾道ミサイル発射実験を強行した北朝鮮に対し、国連安全保障理事会は強く非難する決議を全会一致で採択しました。
 今日(17日)の新聞各紙の社説はこの全会一致の北朝鮮非難決議を一斉に取り上げています。

【朝日社説】安保理決議 北朝鮮への重い警告
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
【読売社説】[対「北」決議]「単なる非難に終わらせるな」
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060716ig90.htm
【毎日社説】対北朝鮮決議 全会一致を重く受け止めたい
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/
【産経社説】北朝鮮非難決議 成果だが終わりではない
http://www.sankei.co.jp/news/editoria.htm
【日経社説】国際協調強め北朝鮮に決議順守迫れ(7/17)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20060716MS3M1600216072006.html

 全紙とも全会一致の決議案を強く支持している点では一致していますが、興味深いのは微妙に「色」がちがう各社説の結語なのであります。

【朝日社説】安保理決議 北朝鮮への重い警告

 北朝鮮を6者協議に引き戻すには、議長役の中国の役割が大きい。制裁決議に反対したのは、北朝鮮をかたくなにさせては解決につながらないと思ったからだろう。非難決議にとどまった分、北朝鮮への説得の責任が増したといえる。

 北朝鮮の態度が肝心なのはもちろんだが、日本も米国も話し合いの門戸をいつも広く開けておくことが必要だ。

 北朝鮮の問題を解決する基本は対話と圧力であることを忘れてはいけない。

【読売社説】[対「北」決議]「単なる非難に終わらせるな」

 米豪などと連携した大量破壊兵器拡散阻止構想(PSI)を一層推進し、北朝鮮の核・ミサイル関連機器材の出入りを監視する体制も強化する必要がある。

 安倍官房長官は、追加制裁措置や各国との協力強化策を検討するよう各省に指示した。資金洗浄に関与した疑いのある海外の銀行口座との金融取引を制限できるよう、自民党が検討している「金融制裁法案」も立法化を急ぐべきだ。

 今回の決議を、単なる非難に終わらせてはならない。

【毎日社説】対北朝鮮決議 全会一致を重く受け止めたい

 今回の決議に中露も加わったことで北朝鮮は逃げ道がなくなった。一層態度を硬化させる可能性がある。米国が金融制裁措置を解除しなければ6カ国協議に戻らない、という姿勢を強めるだろう。より挑戦的な態度に出てくるかもしれない。

 その意味で中国の役割は一層重要になった。中国は日米など8カ国が共同提案した憲章第7章を明記した決議案に拒否権行使を明言して反対した。ならば、今後は今まで以上の力を注いで北朝鮮説得に当たる責任がある。

 北朝鮮対応で中露と他の安保理メンバーとの溝が深いことも証明された。国際社会は北朝鮮のこれ以上の暴走を食い止めるには結束維持が不可欠であることを改めて認識する必要がある。

【産経社説】北朝鮮非難決議 成果だが終わりではない

 主要国首脳会議(G8サミット)の本格討議開始前に採択された意味も大きい。サミットでさらに一致した強いメッセージを出すべきだ。

 しかし、国際社会の対応はこれで終わりではない。北朝鮮国連大使は決議採択の直後に「決議を全面的に拒否する」と宣言した。北が今回の安保理決議の求めに応じなければ、次は強制力をもった制裁決議以外にない。

 国際社会は、核、ミサイル、拉致、ニセ札、麻薬と無法の限りを尽くす北朝鮮をこれ以上許してはならない。

【日経社説】国際協調強め北朝鮮に決議順守迫れ(7/17)

 これまでも大多数の国は北朝鮮とミサイル分野で取引してきたわけではないが、過去にイラン、シリア、パキスタンなどがミサイルや技術を買っている。ミサイルビジネスが貴重な外貨獲得源だったことは間違いなく、それが失われれば北朝鮮は打撃を受ける。

 国連憲章第7章への言及がなくなったがこの決議に拘束力はあるというのが日米などの見解である。すべての国連加盟国が決議を厳守すべきである。

 北朝鮮が決議を無視しミサイルを再発射するとか6カ国協議への復帰を拒否すれば、国際社会としてより厳しい対応を示す必要がある。

 【朝日社説】は「日本も米国も話し合いの門戸をいつも広く開けておくことが必要」とし、日米側の北朝鮮への対話の継続を求めています。

 【毎日社説】は「今後は今まで以上の力を注いで北朝鮮説得に当たる責任がある」と中国が積極的に北朝鮮に関与する責任が生じたとしています。

 この両紙は北朝鮮の対応いかんによる新たな「制裁」への言及は避けています。

 一方、他の三紙は北朝鮮安保理決議に応じなければより厳しい「制裁」に言及しています。

資金洗浄に関与した疑いのある海外の銀行口座との金融取引を制限できるよう、自民党が検討している「金融制裁法案」も立法化を急ぐべきだ」(【読売社説】)や「北が今回の安保理決議の求めに応じなければ、次は強制力をもった制裁決議以外にない。」(【産経社説】)とし、【日経社説】も北朝鮮が決議を無視しミサイルを再発射するとか6カ国協議への復帰を拒否すれば、国際社会としてより厳しい対応を示す必要がある」としています。

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北朝鮮ミサイル発射実験「脅威を感じる 60.1 % 」〜日本テレビが行った世論調査

 日本テレビが行った最新の世論調査の結果が興味深いです。

2006年7月定例世論調査

調査日: 2006年 7月14(金) 〜 7月16日(日)
サンプル数:1000 回答数:529 回答率:52.9%
少数点第2位以下を四捨五入
http://www.ntv.co.jp/yoron/

 全部で17問の問いの中で北朝鮮ミサイル関連は以下の5問であります。

[ 問7] あなたは、北朝鮮が行ったミサイル発射実験で、日本が北朝鮮から実際に攻撃される脅威を感じますか、感じませんか?

(1) 脅威を感じる 60.1 %
(2) 感じない 35.3 %
(3) わからない、答えない 4.5 %

[ 問8] 発射実験を受けて日本、アメリカが国連安全保障理事会に提出した制裁決議をめぐり、採決に向けて折衝が進んでいます。あなたは、小泉内閣は、関係諸国との足並みを優先し制裁なしでも一致した対応をとるべきだと思いますか、あるいは決議がなくても単独で経済制裁を強めるべきだと思いますか?

(1) 関係諸国と一致した対応をとるべき 44.0 %
(2) 決議がなくても単独で経済制裁を強めるべき 42.3 %
(3) わからない、答えない 13.6 %

[ 問9] 日本はアメリカとの間で、ミサイルを迎え撃つ兵器の開発を進めています。あなたは、お金がかかっても、兵器の完成を急ぐべきだと思いますか、思いませんか?

(1) 思う 38.6 %
(2) 思わない 50.3 %
(3) わからない、答えない 11.2 %

[問10] 今回のミサイル発射を受けて、額賀防衛庁長官らは、ミサイル攻撃を日本が受けた場合に、相手国の軍事基地を日本が破壊できる戦力を事前に準備する必要があるとの考えを表明しています。あなたは、日本が、実際に相手国の基地を攻撃する戦力を整えるべきだと思いますか、思いませんか?

(1) 思う 40.6 %
(2) 思わない 48.8 %
(3) わからない、答えない 10.6 %

[ 問11] あなたは、日本が北朝鮮への経済制裁を強めることで、拉致問題が解決に向けて良い方向に進むと思いますか、思いませんか?

(1) 思う 24.4 %
(2) 思わない 63.5 %
(3) わからない、答えない 12.1 %

 これは興味深い結果ですね。

 北朝鮮ミサイル発射実験に対しては、国民の6割(60.1 %) が「脅威を感じる」中で、敵基地攻撃能力を整えるべきかは半数近く(48.8 %)が「思わない」と否定的な意思表示をしています。

 一方、小泉総理の8月15日靖国参拝については、やはり6割近く(57.8 %)が反対しています。

[ 問14] 小泉総理が、8月15日に、靖国神社に参拝するかどうかが取り沙汰されています。あなたは、小泉総理が今年8月15日に靖国神社を参拝した方がよいと思いますか、思いませんか?

(1) 思う 31.0 %
(2) 思わない 57.8 %
(3) わからない、答えない 11.2 %

 このようなアンケート調査は誤差もありますし主催者側の恣意性にも注意しなければならず、結果をそのまま鵜呑みにするのは危険ですが最新の世論動向として参考にはなりましょう。

 日本全体が右傾化し民族主義的傾向に向きつつあるとか、日本の国民はときに理性を失い扇動的になってしまうといった論調も見受けられますが、この世論調査を見る限り、日本国民は少なくても一部政府高官の先走り発言にも一部海外メディアの日本脅威論にも冷静に対応しているようで、不肖・木走としては少し安堵しました。

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 一部政府高官よりも総じて冷静な日本世論なのであります。



●「プレーヤー」なのか「カード」なのか微妙なポジションであった日本外交

 さて、今回の全会一致の北朝鮮非難安保理決議ですが、日本外交にとっては成功だったのか失敗だったのかその政治的評価がメディアでもネットでもいろいろなされているようです。

 上記【産経社説】から・・・

 日本が安保理決議で最初から強い姿勢を貫き、主導的役割を果たしたのは初めてで、日本外交にとって画期的なことと評価したい。日本政府の決然とした姿勢がなければ、1998年のテポドン1号のときと同様、拘束力のない声明で終わっていただろう。

 中露が拘束力のない議長声明案から拘束力のある非難決議に歩み寄ってきたのも、日本の確固たる姿勢があったからこそといえる。

 一方、日本も妥協を余儀なくされた。日本は決議の内容に関し、最後まで制裁を可能とする国連憲章7章への言及の重要性を主張し続けたが、中露が拒否権発動の方針を示したため、7章への言及を削除する代わりに、「安保理の特別な責任の下に行動する」という強い表現を明記した修正案を受け入れた。

 日本国連外交にとって、たしかに「日本が安保理決議で最初から強い姿勢を貫き、主導的役割を果たしたのは初めて」であり、「中露が拘束力のない議長声明案から拘束力のある非難決議に歩み寄ってきたのも、日本の確固たる姿勢があったから」という見方もできましょう。

 最終的には「妥協を余儀なくされた」わけですが、常任理事国でもない日本がここまで国連外交戦で主プレーヤーを演じたことは評価したいと思います。

 しかしここ数日の中国の巻き返しもすさまじいものがあったのも事実でありまして、その中で同じ常任理事国仲間である、米仏英中露五カ国のそれぞれの老獪な振る舞いは印象的でありました。

 事前準備し日本と共同提案しながら中国・ロシアの動向を見つつ巧みに妥協案になびいた米国のしたたかさはどうでしょう、自国の国益のために、強硬派の「日本カード」と妥協派の「中国カード」を使い分け自身は泥をかぶらない高等戦術とも見えましょう。

 英仏やロシアも発言力維持のために結果としては、米仏英中露五カ国の妥協を優先したわけで、非常任理事国日本はしばしば最強硬派として孤立しかねない雰囲気でしたし、特に5大国にとり「プレーヤー」なのか「カード」なのか微妙なポジションであったのは否めませんでした。

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●なんとも胡散臭い5大国のメンバーズシップ

 今回の北朝鮮決議でも、中国の拒否権行使発言に振り回されてきたわけですが、どうも一連の外交駆け引きを振り返ってみてみると、私にはなんとも奇妙な5大国による仲間意識が見え隠れするのです。

 不肖・木走は、私見ですが、「拒否権」という特権を持っている同士のメンバーズシップといいますか、安保理常任理事国として互いに阿吽(あうん)の落としどころを察知していて非常任理事国である日本にはどうしようもない、目に見えない、なんとも胡散臭い会員クラブ特有の排他性のようなモノを感じてしまいました。

 日本はアメリカの支持のもとで最強硬派を演じてそれなりの結果も得たわけですが、どうにも後味がすっきりしないのは、所詮日本は5大国にとっては「プレーヤー」ではなく「カード」だったのではないのか、国連安保理は所詮5人で興じているトランプゲームなのではないか、結果として5大国の意向を踏まえた妥協案に落ち着くまでの過程を見ていると、「拒否権」を持たない日本外交の限界が見えた気がしたのでした。

 たとえ「カード」として利用されても外交は現実問題なのであり、結果として目的が達成されればそれはそれでよしなのでしょうが、私個人としては次の記事など読むとますます、なんとも胡散臭い5大国のメンバーズシップを感じぜずにはいられません。

イスラエル非難決議は否決 米国が拒否権行使

 【ニューヨーク=長戸雅子】国連安全保障理事会は13日、公式会合を開き、イスラエル軍パレスチナ自治区ガザ侵攻中止を求める決議案の採決を行った。10カ国が賛成したが、米国が拒否権を行使したため否決された。英、デンマークスロバキア、ペルーの4カ国が棄権した。
 決議案はアラブ諸国を代表し、安保理非常任理事国カタールが提出した。拉致されたイスラエル兵と、イスラエル軍が拘束したパレスチナ自治政府高官らの解放を要求し、侵攻は「過剰な武力行使」と批判した。

 ボルトン国連大使は「決議案は紛争の一方当事者にのみ要求を行うバランスを欠くもので、現地の緊張を加速させる恐れがある」と反対の理由を説明した。

 米国はイスラエル問題でたびたび拒否権を行使しており、今回は2004年10月以来。

(07/14 10:49)
http://www.sankei.co.jp/news/060714/kok042.htm

 今回の北朝鮮決議と相前後して安保理で採決された「イスラエル軍パレスチナ自治区ガザ侵攻中止を求める決議案」ですが、15カ国中、日本を含む10カ国が賛成、英、デンマークスロバキア、ペルーの4カ国が棄権という圧倒的多数が賛成する中で、「拒否権」を行使したアメリカ単独の反対だけでこの決議案は葬り去れました。

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 常任理事国の拒否権の前には多数決の論理はすっ飛んでしまうわけです。

 このあたりが国連安保理の限界なのでありましょう。

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 今回の北朝鮮ミサイル連射騒動で日本が得たことは、実はいがいと冷静な日本世論の存在と、国連におけるなんとも胡散臭い5大国のメンバーズシップを垣間見ることができ日本外交がひとつ大人になれたことでしょうか。



(木走まさみず)