木走日記

場末の時事評論

イラク戦争の「大義」はなんだったのか〜陸上自衛隊イラク撤収の日にあらためて考える

陸自、撤収作業を開始〜日本は英豪と時期を合わせて撤収

 昨日(25日の)読売新聞記事から。

陸自、撤収作業を開始 クウェートへ車両輸送

 約2年半にわたって活動したイラク南部サマワから撤収する陸上自衛隊軽装甲機動車やトラックなど車両17台を積載した最初の大型トレーラー車列が25日午前(日本時間同日夕)、隣国クウェートに到着した。隊員約600人の撤収に向けた作業が始まった。
 当面、装備や物資の輸送を続けた後、安全確保のため空路を利用して隊員のクウェートへの撤収が始まる。7月中の撤収完了、8月中の帰国を目指す。陸自は「迅速、安全」を第一に、実施中の人道復興支援活動と並行して作業を進める。

 陸送はクウェートの民間業者に委託しており、トレーラー十数台が25日早朝(日本時間同日午前)、陸自隊員に誘導され宿営地を出発。積み荷の車両は日の丸を外すなどし目立たないようにした。隊員ら日本人は同行せず、武装した民間警備員が随行。約6時間後に約450キロ離れたクウェートに入った。(共同)

(06/25 21:13)
http://www.sankei.co.jp/news/060625/kok068.htm

 ついに自衛隊イラク撤収作業が始まりました。

 一般に戦地における作戦の中でも撤収作戦は最も慎重を要する作戦なのでありまして、撤収中の軍はゲリラ等の襲撃の可能性もあるわけですから慎重かつ安全を期して油断することなく全員無事に帰国してもらいたいと思います。

 それにしても「積み荷の車両は日の丸を外すなどし目立たないようにし」、かつ「隊員ら日本人は同行せず、武装した民間警備員が随行」とは、日本政府が言う「非戦闘地域」からの撤収というよりも、「戦地」における撤収作戦に近い様相を呈しているのであり、現地の治安情勢は戦闘行為には一切加わらなかった日本自衛隊にすら「日の丸を外す」ような判断が求められている程度に悪化しているということなのでしょう。

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 あらためて2年半に渡った今回の自衛隊イラク派遣の意義は日本にとって何だったのでしょうか。

 また、自衛隊イラク派遣の成果はどうだったのでしょうか。

 自衛隊ははたして現地復興に有意義な貢献ができたのか、また国際的な評価、そして現地イラク政府やサマワ市民からの評価はどうだったのか、ここは帰国後総括検証を求めたいですね。

 日本として今後のあるべき国際貢献のあり方を確立していくためも、日本政府は今回の派遣で経験したことと今後検討すべき反省点や改善点をしっかりと議論して国民に説明してもらいたいです。

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 イラクが安定しないのに、なぜ、日本はこのタイミングで自衛隊の撤退を決め、イギリスやオーストラリアも撤退の方に向かい始めているのでしょうか。

 おそらく、ひとつにはアメリカの占領政策が決して成功裡にはいっておらず、イラク人のほとんどが外国軍の駐留を嫌悪する事態になっており、これ以上駐留してもイラクは安定の方向に向かわないと、日英豪の政府が予想しているからでしょう。

 特に日本の場合、憲法の制約があり、非戦闘地域への駐留であることが必要とされるわけですが、占領開始当初は、イラクは1−2年で安定し、戦闘地域は非戦闘地域に変質し、自衛隊は戦闘ではなくイラク復興に協力できる存在になると日本政府は予測していたわけです。

 しかし現実は、占領開始から2年以上すぎてもゲリラ戦は絶えず、イラクの中で比較的治安が安定している自衛隊駐留地のムサンナ州でさえ、イラク人の大半は占領軍の存在に反発し、占領に協力するイラク人はゲリラ側から脅される状況が続いていたわけです。

 自衛隊は戦闘しないので、状況が悪化するばかりでは、駐留を続けても意味がないのであります。

 このため昨年夏から、日本政府はサマワから自衛隊をなるべく早く撤退させた方が良いと検討してきましたが、日本だけが撤退するとアメリカとの「日米蜜月同盟」にドロを塗る行為と見なされかねなかったわけです。

 そこで日本は英豪と時期を合わせてこの時期に撤退することにしたのでありましょう。

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●動揺するアメリカ〜厭戦気分が蔓延しているアメリカ世論とあくまでも撤退期日明確化を拒否するブッシュ政権

 一方当のアメリカ政府ですが、おそらくこの同盟国の相次ぐイラク撤退表明をブッシュ政権は快くは思ってはいないのでしょうが、足下のアメリカ世論で過去一年、急速に厭戦気分が広まって来てイラク撤退を支持する意見が過半数を占めるまでになり、他国の方針に干渉する余裕はまったくないのが現状です。

 もちろん、アメリカ世論とアメリカ議会、またブッシュ政権内部でも強硬派と慎重派の間でアメリカ軍イラク撤退問題に対するオピニオンは百家争鳴複雑多岐にわたる状態であるわけですが、ここ一週間におけるアメリカからの報道を追ってみても、そんなアメリカの今後に対する不安と動揺が見て取れます。

 23日のCNNニュースから。

イラク撤収、民主党提案の決議案を否決 米上院
2006.06.23

ワシントン――米上院本会議は22日、野党・民主党が提案した、イラクからの米軍撤退を今年末までに開始すべきとする決議案を60─39の反対多数で否決した。また、来年7月までの撤退終了を求める民主党のケリー上院議員らが提出した決議案も86─13で否決した。

米国では今年秋、議会などの中間選挙が予定され、民主党イラク駐留米軍の撤収問題を主要争点にする構え。今回の決議案もその一環。だが、一部の民主党議員は、決議案の反対に回った。

決議案をめぐり、両党議員は相互非難を繰り返し、共和党は「イラクでの使命を果たさない前の撤収は敗北主義」と主張。民主党は「共和党ブッシュ大統領に盲目的に従っている。イラク政策はとっくに方針を修正すべきだったのだ」などと応酬した。

http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200606230020.html

 民主党の「イラクからの米軍撤退を今年末までに開始すべきとする決議案を60─39の反対多数で否決」したのに続き、「来年7月までの撤退終了を求める民主党のケリー上院議員らが提出した決議案も86─13で否決」されました。

 おそらく厭戦気分のアメリカ世論を背景に、一部民主党議員が政権発足以来の低支持率に喘いでいるブッシュ政権を揺さぶるために出した法案なのでしょうが、共和党主導の米議会では、撤収否定派がまだまだ主流なことをこの否決多数の議決はあらわしています。

 この民主党の動きをチェイニー米副大統領は徹底的に批判しています。

 同じく23日のCNNニュースから。

イラク撤退は「最悪の道」と米副大統領 上院は民主案否決

006.06.23

ワシントン(CNN) 米国内で議論を呼んでいる米軍のイラク駐留期間をめぐり、チェイニー米副大統領は22日、CNNのインタビュー番組で「撤退は最悪の道だ」と語り、民主党議員らによる期限設定の動きを批判した。また米上院では、撤退日程を明記した民主党提出の法案が否決された。

副大統領はインタビューの中で、「対テロ戦は世界規模の戦いだ。われわれがイラクから撤退しても、敵は追いかけてくる。イラクがテロリストの避難所となるばかりで、わが国を守ることにはならない」「撤退すれば、米国人が逃げ帰ったと言われるだろう」などと語った。

上院では同日、07年7月までの撤退完了を求めてファインスタイン議員らが提出した法案が採決にかけられ、賛成13、反対86で否決された。また、今年末までに段階的撤退の開始を求める別の案も、賛成39、反対39で否決となった。

一方、下院では今月、共和党が「駐留期限を設けることは国益に反する」との決議案を出し、16日の本会議で採択されている。

http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200606230010.html

 「駐留期限を設けることは国益に反する」との判断には、「対テロ戦は世界規模の戦いだ。われわれがイラクから撤退しても、敵は追いかけてくる。イラクがテロリストの避難所となるばかりで、わが国を守ることにはならない」「撤退すれば、米国人が逃げ帰ったと言われるだろう」という副大統領の発言にもあるとおり、たぶんにアメリカのプライドや沽券に関わる問題として議論される傾向がここに来て顕著なのであります。

 しかしいっこうに改善されない治安を前に、イラク駐留米軍のケーシー司令官から来年度中のイラク駐留米軍の大幅削減案がブッシュ大統領ラムズフェルド国防長官に提示されます。

 25日の読売新聞から。

イラク駐留米軍、07年末までに大幅削減…米紙報道
イラク情勢
 【ニューヨーク=大塚隆一】25日付の米紙ニューヨーク・タイムズによると、イラク駐留米軍のケーシー司令官は14個が展開中の戦闘旅団を2007年末までに5〜6個に削減する計画の草案をまとめ、先週、ブッシュ大統領ラムズフェルド国防長官に提示した。複数の米政府当局者の話として伝えた。

 司令官はイラク政府と協議した上で、大統領に正式の勧告として改めて提示する方針という。

 草案によると、9月までに14個の戦闘旅団を12個に削減。さらに、07年6月までに7〜8個、同年末までに5〜6個に減らす。

 イラク駐留米軍は現在約12万7000人。その中核となる戦闘旅団は通常約3500人で構成されており、14個旅団から5〜6個旅団への削減は約5万人から2万人前後への削減を意味する。これに合わせ、戦闘旅団を支援する様々な部隊の削減も進める。

 ただ、米政府当局者は大幅削減案について、あくまでもイラク治安部隊の整備や現地情勢の安定化が前提になると強調している。

(2006年6月25日19時49分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060625i212.htm?from=main2

 「あくまでもイラク治安部隊の整備や現地情勢の安定化が前提」という提案ですが、12万7000人を約2万人前後まで削減するという、これは削減と言うよりも撤退に近い大幅削減案であり、他ならぬイラク駐留米軍司令官の提案という意味で驚かされる内容です。

 厭戦気分が蔓延しているアメリカ世論、その世論を背景に撤退法案を連続してぶつける民主党、あくまでも撤退期日明確化を拒否する共和党主導の米議会とブッシュ政権、現実的な大幅削減案を提示する駐留米軍幹部、いっこうに回復しないイラク国内治安と先の見えない駐留期間にアメリカ自体動揺を隠せなくなっているようです。



●「大義」なき戦争のむくいなのか〜ブッシュ・ブレアの没落

 そもそも米英主導で強行されたイラク戦争から3年が経過しましたが、戦争を主導したブッシュ政権、全面的にアメリカに追随して協力した英ブレア政権ともに、国内的には極めて厳しい状況に今日追い込まれてしまっています。ブッシュ政権は今年2月には支持率30%を割ってしまい、かたや英ブレア政権にいたっては22%というブッシュ政権をも下回る支持率に喘いでいます。

 イラク問題では対米追随を国策としていたブレア氏を持ってしてもここに来て米英同時撤退から英国単独撤退に舵を切り替えざるをえなかったのは、イギリス国内では反米世論が高まりを見せ米国以上にイラク撤退圧力が強くブレア氏に掛かっていたためでもありましょう。

 英国では、、ブレア氏の後継者と見られるブラウン氏は早くも「対米追随」から「NATO重視」へと国策変更を唱えています。

 アメリカに於いてもイギリスに於いても、メディアが強く報じている撤退支持世論の形成の主因のひとつに「このイラク戦争に本当に大義があったのか」という大いなる疑問であります。

 つまり戦争勃発時に、米英両首脳によってたびたび繰り返された旧フセイン政権の「大量破壊兵器」や「テロリストとのつながり」といった武力行使の名目が、何一つ証明されないばかりか、主としてアメリカメディアのスクープによる当時の米英両首脳による情報操作など、旧フセイン政権の「大量破壊兵器」や「テロリストとのつながり」を逆に否定する事実が明るみになってきたからです。

 そのような情報操作報道がされるたびに、ブッシュ、ブレア両政権の支持率は急落していったのです。

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●なぜ日本のメディアはイラク戦争の「大義」を評論しないのか

 米英のイラク戦争の「大義」に関わる疑義と、日本のイラクへの戦後復興の協力はある意味で分けて議論する必要はありましょう。

 派遣した以上は、国際公約を最後まで守りそれなりの現地貢献をし日本の国益に即して国際的評価を勝ち取るべきであるのは自明です。

 小泉首相の言うように、アメリカのごり押しにとりあえず賛意を示して自衛隊を投入して義理を立てたと言う意味で、日本の「国益」と考えることもできたでしょうから。

 わが自衛隊の一人も戦死者を出さずに済み、誰も殺さず殺されず、撤退できることも幸運であったのでありましょう。

 その意味ではこの度のイラク派遣はひとつの経験として評価していいと考えています。

 そして日本として今後のあるべき国際貢献のあり方を確立していくためも、日本政府は今回の派遣で経験したことと今後検討すべき反省点や改善点をしっかりと議論して国民に説明してもらいたいのです。

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 しかしながら今回のイラク戦争そのものの「大義」は、国際的には当初から「大義」に否定的だったロシアやフランス、ドイツだけでなく、戦争を主導した当のアメリカやイギリスにおいても、上記のように疑問視され、旧フセイン政権の「大量破壊兵器」や「テロリストとのつながり」といった武力行使の名目が、3年たった今も何一つ証明されてない事実により、「大義」はなかったと重く批判を受けているのです。

 戦争を直接主導した米英両首脳と、戦後復興に協力した小泉政権では関わり方も当然違ってくることでしょう。

 しかし「大義」なき戦争の支持者を演じてしまった小泉首相が、その政策を批判されないままに9月に引退できるのは、ある意味でこれもとても「幸運」なことであると、私には思えます。

 日本のマスメディアが欧米のメディアほどには原理・原則にこだわらないためなのか私にはわかりませんが、いずれにしても、イラク戦争の支持者が欧米で次々にメディアにより政治的に苦しい立場に追いつめられている中で、「大義」なき戦争の支持者を演じた小泉首相に対し日本のメディアから「大義」に対する批判がされることはないようです。

 日本にとり、イラク戦争の「大義」とはなんだったのでしょうか。



(木走まさみず)