木走日記

場末の時事評論

あなたの頭も私の頭も仮説だらけ〜「99.9%は仮説」を読んで

●「99.9%は仮説」〜科学系のネタ本で3拍子揃った良本

 「99.9%は仮説」を読みました。

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 光文社新書
竹内 薫 (著)
価格: ¥735 (税込)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334033415/ref=br_b_nr_2/250-6933961-7889038

 私は、出張先の街などで時間を2、3時間持て余すと、行動パターンは2つであります。ネットカフェに行きインターネットしながら本を読みふけるか、サウナに行き汗を流した後、生ビールを飲みながら本を読みふけるか、であります。

 で、いずれの場合も前段階として本屋にぶらりと入り本探しをすることが儀式であります。
 
 このような時間の制約がある場合、じっくり内容の吟味もできませんので、手軽に読める新書を購入することが多いのですが、やはりタイトルと作者とパラパラとページをめくって、内容の概要を押さえることなく購入してしまいます。

 で、一昨日、本屋で手にとって購入したのがこの本なのでありました。

 うーん、おもしろかったです。

 読後の最初の感想はこの本はかなり売れるのではと思ったことでした。

 科学系のネタ本で良本の条件が3拍子、揃っていますもの。

【条件1】タイトルがいい。

 なんと言ってもタイトルがいいです。

 「99.9%は仮説」って、とてもわかりやすいし、そうか世の中は科学的には「99.9%は仮説」なんだと、素人でも直感的に本の主旨が伝わってくるじゃないですか。

 しかも、興味をそそるのは「100%は仮説」と言いきっていないところで、じゃあ残りの0.1%は何なんだよという読者に対する「問いかけ」までタイトルに込められているのですよね。

【条件2】記述がわかりやすい。

 どんなにタイトルが奇抜でも、科学書の問題なところは、著者によっては内容が数式だらけで難解だったり、文体が独りよがりで読んでいて小馬鹿にされるような不快感を読者に与えてしまうような、読者を見下しているような本では、素人には受け入れられません。

 その点、この本はとても読みやすく、難しい数式を書きたてることもなく、読者をぐいぐい引き込んでいく親しみやすい口語調で統一されています。

 この種の科学本を読み慣れている人間には理論の裏付けに関しての記述の少なさが物足りない浅いという印象は否めませんが、全体の分かり易さは秀逸でありましょう。

 竹内 薫氏の本は講談社ブルーバックスなどでお世話になっていますが、今まで書いた中で一番わかりやすいんじゃないかなあ。

【条件3】内容がありかつ読者に啓蒙を与えることに成功している

 どんなにタイトルが奇抜で記述がわかりやすくても、一般読者が読み終わって「ふーんそれで何がいいたかったの?」と疑問を持ってしまうような、科学書もよくあります。参考書のような知識の集約に徹している傾向の本によく見られるのですが、そのような本は読後、読者の知識・雑学が増加する貢献はしても、読者の考え方に何かしらの啓蒙を与えることは少ないです。

 その点、この本は、サブタイトルにあるように「思いこみで判断しないための考え方」を、見事に一般読者にわかりやすくその重要性を伝えることに成功しているようです。

 ・・・



●科学的仮説は永遠に真理には届かない

 この本の中で、著者は科学的解釈としては、この世の中の常識は全て仮説にすぎないのだと力説します。

 つまり、常識というやつは意外にもろいのです。常識はくつがえるものなのです。
 ですから、この本では、そういった常識のことも「仮説」と呼ぶことにしたいと思います。常識は仮説に過ぎないのです。
 プロローグの飛行機の例をみてもわかるように、「科学的根拠」があると思われているものも、案外なにもわかっていなかったりします。
 われわれの世界観、われわれが親から教わること、われわれが学校で教わること、そういったものは、すべて仮説にすぎません。

P.57より抜粋

 ガリレオの地動説やアインシュタインの相対性原理や宇宙定数の話など、過去の豊富な事例をあげて、いかにこれまでの科学史上では、それまでの常識という「仮説」がいとも簡単に崩れ去ってきたかを説明した上で、著者はカール・ポパーの有名な「科学的発見の論理」から科学の定義を引用します。

科学の定義はたったこれだけ
 反証可能性−つまり、反証できるかどうかということです。
 これをいいだしたのは、カール・ポパー(1902〜94年)と言う人です。20世紀の科学哲学者の代表みたいな人ですね。有名な『科学的発見の論理』という本のなかで、ポパーは「科学」を定義しました。
 それは「科学は、常に反証できるものである」というものです。
 では、「反証」とはいったいなんなんでしょうか? 
 一般の人が考えている科学のイメージというと、実験によって理論が「検証」されるといったイメージがありますよね。ある種の実験をすると、ある理論が正しいということが決定的に決まる、証明される、というようなイメージがあるわけです。
 ところが、どうもそうではないとポパーは考えたのです。
 どういくことかと言うと、もしその理論がうまくいかないというような事例が一回でもでてしまえば、つまり反証されれば、その理論はダメになってしまうということです。
 つまり、100万回実験を行って100万回理論を支持するような実験結果がでてきたとしても、その次の100万1回目に否定的な結果、理論がうまくいかないことを示すような精密実験データがでてきたら、もうその時点でその理論は通用しなくなる−。
 要するに、決定的な証明などということは永遠にできない、というのです。

P.132〜133より抜粋

 ようするに、科学的仮説は永遠に真理には届かないのであり、ここが数学と科学との決定的な違いなわけです。



●反証が許されなければそれは科学ではない

 もちろん、著者はこのような科学の持つ宿命的限界を持って、科学的思考を否定しているわけでは断じてありません。

 仮説と真理は切ない関係、つまり仮説は永遠に真理にたどり着けない宿命にあるわけですが、科学が反証可能性を有しているからこそ、その他の非科学的論説といわれるものと区別できるのだと言っているのです。

 たとえば疑似科学とか宗教とか共産主義などの政治思想は、反証可能ではないとポパーはいいます。

 たとえば、共産主義の国がうまくいかずにつぎつぎと崩壊したのは記憶に新しいですよね。もし共産主義が科学的であるならば、うまくいかなかったんだから共産主義はという考え方はダメだったんだ、ということになるわけです。
 しかし、実際はそうはなりませんよね。共産主義の国が倒れても、共産党は存在します。日本にも存在するし、ロシアにも残っています。
 つまり、まったく反証されていないわけです。
 あれは本当の共産主義ではなかったんだとか、やり方が悪かったとか、いろんな言い方をすることで共産主義自体は存続するわけです。
 だから、ポパー曰く、共産主義は科学ではないんです(くどいようですが、わたしは共産主義に反感をもっているわけではありません。あくまでも、科学か否か、という区別の話をしているだけです。科学ではないからといって悪い、というような価値判断は一切関係ありません)。

P.138〜139より抜粋

●相対的に物事をみるということ〜あなたの頭も私の頭も仮説だらけ

 で、他人とのコミュニケーションにおいて、この本はとても簡単な事実を啓蒙しています。
 よく、政治の話や哲学の話で意見がまったく合わないことがあります。

 その原因として、同じことについて話しているつもりなのに、実はぜんぜんちがった意味に言葉を使っていたりするわけです。

 つまり、話が通じないのは、自分の仮説(常識?)が相手に通じていないということです。また、相手の仮説(常識)を自分が理解していないということでもあるのです。

 ●わたしの頭のなかは仮説だらけ
 ●あなたの頭のなかも仮説だらけ

 この事実を理解することが重要なのであります。

 著者は本書の本文の結語を次の言葉でしめています。

 科学的態度というのは、「権威」を鵜呑みにすることではなく、さまざまな意見を相対的に比べて判断する”頭の柔らかさ”なのです。

P.233より抜粋

 つまり、所詮あなたの頭も私の頭も仮説だらけなのだから、さまざまな意見を相対的に比べて判断する柔軟性を身につけようね、ってことなんですね。

 ・・・

 興味深い本です。

 一読をお奨めします。



●追記1

 エントリーしようとしてみれば、同じ本の書評がすでに「404 Blog Not Found」様でされていました、もうビックリです。

404 Blog Not Found
残り0.1%も仮説
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50386251.html

 うーん、この人は以前もある記事を同時に取り上げていてビックリした記憶があるのですが、今回も不肖・木走より先に同じ本を読まれてかつ書評をされていたのであります。

 なにやら感性というかアンテナの具合がすばらしい方のようです。

 ・・・



●追記2

 日経BPのまじめな記事に「木走日記」が取り上げられていました。

日経BP SAFETYJAPAN2005
ライブドア問題から見える株式市場の危うさ(3)
〜綱渡り続く東証のシステム〜

http://nikkeibp.jp/sj2005/report/79/index.html
http://nikkeibp.jp/sj2005/report/79/02.html
http://nikkeibp.jp/sj2005/report/79/03.html
http://nikkeibp.jp/sj2005/report/79/04.html

 是非ご一読下さい。

 参考に取り上げていただいたのは以下の2つのエントリーであります。

●木走日記
 抜本的改良は手遅れな東京証券取引所システム〜問われる技術立国日本
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060120/1137740301
 やはり耐用期限過ぎていた東証システム
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060122/1137916425

 ささやかに情報を発信する立場の人間にとり、他のブログや評論や本や雑誌などどんな媒体にしろ、肯定的にしろ批判的にしろまじめに取り上げられるのは、とても嬉しくありがたいことでございます。



(木走まさみず)