木走日記

場末の時事評論

一にも二にも悪いのは売り主ではないのか〜民間委託問題にすり替える邪論を排する

 姉歯某という建築士が構造強度のインチキ計算をして、かつ検査会社イーホームズとやらがノーチェックで見過ごしてきて、偽装が発覚したら今度は、開発会社ヒューザーとやらの厚顔社長小嶋某が、建て替えへの公的支援を求めたりしているそうであります。

 不肖・木走は、この問題はあまりに実業に関わる事が多いのでスルーしようと思っていました。私はIT関連業ですが、私の顧客には、実はこの問題に登場する全ての業種のユーザーがおられまして、とても無責任な発言はできない立場なのです。

 チェックする側の地方自治体と国家認定された民間検査会社、そしてデベロッパーと
意匠設計事務所・構造設計事務所、すべて、不肖・木走の会社のアクティブなお客様なのであります。

 しかし、昨日来歯茎が痛く気分が悪い(苦笑)のと相まって、世間でとんでもない勘違いの論調が目立ってきたようですので、読者の皆様に私の顧客に迷惑のかからない許される範囲で、この構造強度インチキ計算の問題を私なりに思うところをお伝えしたいと思ったのでした。



●まず邪論を排除しておきましょう。『小さな政府』〜検査の民間委託問題にすり替えてはいけません。

 昨日(28日)のインターネット新聞JANJANのトップ記事として、この問題に関連する記事が掲載されました。

耐震計算偽装と「小さな政府」
http://www.janjan.jp/living/0511/0511265620/1.php?PHPSESSID=e0bfa18d84d76de1d9a8e99233218217

 この記事を興した上岡直見記者ですが、知る人ゾ知る法政大学の先生で交通環境政策の専門家でありますが、不肖・木走もJANJAN誌上で原発問題などで何回か議論させていただいたことがある聡明な学者さんであります。

 しかし、この『耐震計算偽装と「小さな政府」』はいただけません。いくつかの法的前提もおかしい記述がありますし、今回の問題を数年前に「官」から「民」へと解放した国家認定された民間検査会社の問題に矮小化している点は特に疑問に思いました。

 今回の問題を一部メディアやこの記事のように『小さな政府』方針の歪みが現出したんだという説には、全く同意できません。

 耐震計算偽装に関して、今のところ特定の建築士・建設業者・民間審査機関の作為あるいは不作為が強調されている。しかし今回の問題を、個別の人や組織のモラル逸脱の面から解釈するだけでは充分ではない。「規制緩和」や「小さな政府」が、市民に何をもたらすかのモデルケースでもあるからだ。

 まず、記事は本件を「「規制緩和」や「小さな政府」が、市民に何をもたらすかのモデルケース」と規定しています。

 その規定自体あとで反論しますが、続けて以下のように建築基準法の不備を指摘しています。

 国土交通省が、建築士建築基準法違反で刑事告発することを検討しているというが、ためしに読者も同法をインターネットで検索してほしい(編集部注:建築基準法電子政府の総合窓口より)。同法に「建築物が震度○○に耐えるように設計しなければならない」という規定は一切ない。地震その他の外力に耐えられるようにという抽象的な記述が一行あるのみである。読者の方は、比喩的な意味での「犯罪」でなく、どの部分が具体的に刑事事件に相当するのか、法的に正確な説明ができるだろうか。

 これは全く偏った一方的な決め付けでありとても同意できません。

 そもそも建築基準法は付帯した政令である建築基準法施行令と合わせて議論しなければ片手落ちなのです。

 以下、昨日JANJANのコメント欄で昨日私が書き込んだ反論を少し長いですが全文、転記しておきます。

[12973] 建築基準法よりも建築基準法施行令で議論すべきでは?
名前:木走まさみず
日時:2005/11/28 14:12
 記事の主旨、たいへん興味深く拝読しました。

記事より引用=================
国土交通省が、建築士建築基準法違反で刑事告発することを検討しているというが、ためしに読者も同法をインターネットで検索してほしい(編集部注:建築基準法電子政府の総合窓口より)。同法に「建築物が震度○○に耐えるように設計しなければならない」という規定は一切ない。地震その他の外力に耐えられるようにという抽象的な記述が一行あるのみである。読者の方は、比喩的な意味での「犯罪」でなく、どの部分が具体的に刑事事件に相当するのか、法的に正確な説明ができるだろうか。
===================引用終了

 建築基準法には「建築物が震度○○に耐えるように設計しなければならない」という規定は一切ないという記述ですが、一点だけ指摘させてください。

 そもそも昭和二十五年にできた古い法律である建築基準法には、確かに個別具体的な法律の各規定の詳細や計算の詳細は述べられてはいません。しかしこれは法的には建築基準法そのものには記載されてはいませんが、施行令(政令)や施行規則(省令)にブレークダウンされて詳細が規定されているわけです。

 建築基準法の場合も、建築基準法施行令をもって議論しなければおかしいのではないでしょうか。

 建築基準法施行令には、第3章構造強度の中で、(地震力)第88条で地震に対する建築物の必要強度の詳細と計算式が規定されています。

施行令より引用===============
地震力)第88条
 建築物の地上部分の地震力については、当該建築物の各部分の高さに応じ、当該高さの部分が支える部分に作用する全体の地震力として計算するものとし、その数値は、当該部分の固定荷重と積載荷重との和(第86条第2項ただし書の規定によつて特定行政庁が指定する多雪区域においては、更に積雪荷重を加えるものとする。)に当該高さにおける地震層せん断力係数を乗じて計算しなければならない。この場合において、地震層せん断力係数は、次の式によつて計算するものとする。
Ci=ZRtAiCo
 この式において、Ci、Z、Rt、Ai及びCoは、それぞれ次の数値を表すものとする。
Ci建築物の地上部分の一定の高さにおける地震層せん断力係数
Zその地方における過去の地震の記録に基づく震害の程度及び地震活動の状況その他地震の性状に応じて1.0から0.7までの範囲内において国土交通大臣が定める数値
Rt建築物の振動特性を表すものとして、建築物の弾性域における固有周期及び地盤の種類に応じて国土交通大臣が定める方法により算出した数値
Ai建築物の振動特性に応じて地震層せん断力係数の建築物の高さ方向の分布を表すものとして国土交通大臣が定める方法により算出した数値
Co標準せん断力係数《改正》平12政211
《改正》平12政3122 標準せん断力係数は、0.2以上としなければならない。たたし、地盤が著しく軟弱な区域として特定行政庁が国土交通大臣の定める基準に基づいて規則で指定する区域内における木造の建築物(第46条第2項第1号に掲げる基準に適合するものを除く。)にあつては、0.3以上としなければならない。《改正》平12政211
《改正》平12政3123 第82条の4第2号の規定により必要保有水平耐力を計算する場合においては、前項の規定にかかわらず、標準せん断力係数は、1.0以上としなければならない。4 建築物の地下部分の各部分に作用する地震力は、当該部分の固定荷重と積載荷重との和に次の式に適合する水平震度を乗じて計算しなければならない。ただし、地震時における建築物の振動の性状を適切に評価して計算をすることができる場合においては、当該計算によることができる。
k≧0.1(1−(H/40))
この式において、k、H及びZは、それぞれ次の数値を表すものとする。
k水平震度
H建築物の地下部分の各部分の地盤面からの深さ(20を超えるときは20とする。)(単位 メートル)
Z第1項に規定するZの数値

建築基準法施行令
http://www.houko.com/00/02/S25/338.HTM#s3
==============引用終了

 ここの部分の解釈は、地域によりますが一般的解釈では震度6強から7程度の地震に耐えうる水準であるとされています。

引用開始===========
Q.耐震等級(構造躯体の倒壊等防止)について説明してください。
A.等級の水準は次の通りです。
等級1 極めて稀に(数百年に一度程度)発生する地震による力(建築基準法施行令第88条第3項に定めるもの)に対して倒壊、崩壊等しない程度。
等級2 同上の1.25倍の地震力に対して倒壊しない程度。
等級3 同上の1.5倍の地震力に対して倒壊しない程度。

Q.数百年に一度程度発生する地震力とはどのくらいの大きさですか?
A.地域によって異なるので、一概にはいえませんが、東京を想定した場合、気象庁の震度階で震度6強から7程度(地表の加速度で400cm/s2程度)に相当するといわれています。 これは、関東大震災における震源地に近い小田原で観測された地震に相当します。 その1.25倍とか1.5倍というのは、震度階では、震度7以上がありませんので、すべて震度7ということになりますが、地表の加速度で示せば、1.25倍は500cm/s2、1.5倍は600cm/s2程度です。阪神・淡路大震災では、ところによって、これらを越える地表の加速度があったともいわれています。 
 ちなみに、重力加速度1G=980cm/s2(gal)です。

住まいづくりデータバンク 住まいの法律 より
http://www.judanren.or.jp/chuo-event/hinkaku2/index02211q.html
=============引用終了

 一般人がわかりづらい点ではその通りですが、建築基準法施行令には、一応耐震基準が示されていますので、記事の『建築基準法に「建築物が震度○○に耐えるように設計しなければならない」という規定は一切ない。』という記述は、誤解を招く表現であると思いました。

 えーと、歯茎痛もあり文章全体に全く余裕の無い大人げない書き方なのは反省しきり(汗)ですが、今日現在上岡記者からの反論はいただいてないようです。

で、このように法解釈も誤った前提で記事は記述されているのですが問題は記事の結語であります。

 今回はたまたまマンションという分野で問題が表面化したが、世の中のあらゆる技術的な分野で、「規制緩和」「小さな政府」の影響が表面化しつつある。航空の分野でトラブルや不祥事が続いていることや、鉄道の分野で以前には考えられなかった新種の事故が多発していることからも、それは確かめられるであろう。JanJanの読者の中にも「規制緩和」「小さな政府」を唱導する人も少なくないようだ。あなたが望んだ社会はどこに向かっているかを再考してほしい。

 うーん、「今回はたまたまマンションという分野で問題が表面化したが、世の中のあらゆる技術的な分野で、「規制緩和」「小さな政府」の影響が表面化しつつある」という結論ですが、これは業界の実態からかけ離れた暴論であり、事実を曲解している邪論であろうと、木走は反論しておきます。

 まず、事実として今回検査漏れで不正が発覚したのは、民間会社だけでなく川崎市とか自治体からも続々検査漏れが発覚しはじめており、検査主体が官か民かに全く関係なく問題が生じているわけです。

 このことは一昨日の朝日新聞社説でも取り上げられております。

耐震偽装 「薮の中」の解明を急げ

 (前略)

 真相解明のほかにも、課題は多い。

 耐震強度の再計算などから危険度が高いことがわかったマンションについては、国交省自治体が入居者に転居を求めることになった。

 問題の建築士が手がけた約200の建物の中で、当初わかっていた21棟以外にも、偽装が疑われるものが見つかっている。機敏な対応をとるためにも、自治体は再調査を急いでほしい。

 偽装を見抜けなかった民間検査機関が、この建築士以外のものでも、法定の審査手続きを満たしていないことが判明した。さらには自治体の建築確認でも、偽装を見落としていた事例が次々に見つかっている。

 (後略)


【社説】2005年11月27日(日曜日)付  朝日新聞
http://www.asahi.com/paper/editorial20051127.html

 おそらくはこれから先にも官民問わず検査漏れの案件が続出するでありましょうが、官から民へ検査事業が「規制緩和」されたから検査の精度が下がったわけでは全くないことは官の検査からも続々検査漏れが現出している事実ひとつとっても自明なのであります。

 私が知る限りの事実は逆です。

 多くの自治体の検査担当官が真面目に勉強し誠実に仕事をこなしていることは認めた上でですが、実務経験のほとんどない自治体職員には構造設計という特殊な検査は荷が重すぎるのです。

 これは日本の行政の構造上の問題なのですが専門家が少なすぎるのであって、今回の「規制緩和」して民間会社に検査事業を解放した事情も、おそらくはこうした役所側のせっぱつまった事情によるところが大きいのです。

 当時から役所では算出された計算結果のチェックよりも、提出書類に不備はないか形式上のチェックが主流であったことは業界では有名な話であります。

 たまたま今回、姉歯某という勘違いした設計者がオソマツでくだらない不正を行ったために判明してしまったわけですが、民間審査機関だから検査漏れが起きたわけでは全くなく、まだ民間会社だから、正直に不正の事実を公表した側面もあるのだと思います。



震度5強で倒壊する建物は日本全体で何百万棟あるのか誰もわからない〜これは氷山の一角なのか

 建築業界はご多分に漏れず典型的なピラミッド構造を形成しており、たとえばマンションを建設する際、総合的な施主(建築主)は大手デベロッパーや地域土着の中堅不動産会社なわけですが、彼らは実際に設計技師を有しているのは実はまれで今回の事件のように、外部の設計事務所に外注依託するのがほとんどです。

 で、一般に設計事務所と言われているのは、意匠設計事務所のことであり、外観をデザインしたり間取りを決めたりしています。

 意匠設計事務所では主だった建築デザインをしますが、そのままでは『絵に書いた餅』といいますか耐震性など細かく定められた建築基準に合致するように工学的な構造の設計は、さらに構造専門設計事務所に孫受け発注するわけです。

 でこの、デベロッパー、意匠設計事務所、構造設計事務所の各作業において、CAD/CAMから構造設計システムまで、広くコンピュータ化が普及しております。

 今回問題になった姉歯某の捏造手法ですが、おそらく構造設計システムに計算させる諸元(パラメータ)の中で耐震設計上重要な値である数値のいくつかを不正に低い値で与えた上で計算させたのだと思います。

 私は構造設計システムを何度か手がけてきましたが、実はここで重要な疑義があります。

 今回の姉歯某の手口はシステムに与えるパラメータを不正に低くしたわけで確信犯でありますが、実はプログラムロジックを工夫することにより、パラメータを低くしなくても結果として基準を満たす計算結果を得るように構造計算することはいくらでも可能であるのです。

 そしてそのように計算手法を工夫して耐震性を確保して設計している建物がごろごろ存在し、それは不正でも何でもなく法律違反でもないのです。

 詳しくは語れませんが、検査で発覚する・発覚しない以前に、そもそも構造設計書そのものは建築する前の仮想状況の中の工学試算であるために、恣意的に計算結果を操作し得るものであることは、建築技術士の方や関わったコンピュータエンジニアの人達には、常識なのであります。



●一にも二にも悪いのは売り主であるという社会の常識ルールを確立すべき!

 この問題、もっとも重要なことは、人の生命に関わる建築物の構造の検査が、現状では建築技師の良心ひとつに委ねられているという、業界全体の問題であるということです。

 私はこの問題を解決する方法は、一にも二にも、一次受けのデベロッパー・不動産会社の責任を重くするしかないのだと思っております。

 今回の登場人物で言えば全員胡散臭いのですが、姉歯某という建築士よりも検査会社イーホームズとやらよろも、諸悪の根元は、開発会社ヒューザー及び厚顔社長小嶋某にあると考えるべきではないでしょうか?

 業界の上下関係から言っても下請けの設計事務所では、お得意先の意向を無視することは出来ません。

 コストダウンを図らなければ受注できないとすれば少しでも鉄骨の数を減らして設計するのは生き残るために零細設計事務所にとり選択の余地は少ないのだろうと思います。

 また、さきほども指摘しましたが、現状の検査はザルであり、姉歯某のような単純な不正でなくとも巧妙な計算手法でいくらでも検査をすり抜けれる事実も重大です。

 ならば、ここは一次受けのデベロッパー・不動産会社の責任を明確にし、徹底的な業界自身による体質改善策を施すしかないと思います。

 かつての民間の不正問題を思い出してみてください。雪印にしろ、三菱にしろ、欠陥商品を販売したならばその社会的責任は全て胴元である製造販売会社にあるわけで、下請け会社に責任転嫁するなど許されるはずもありません。

 建築業界の古き体質をあらためるには、他の業界と同じように製造販売責任者責任を明確にして、法的にも責任の所在をはっきりとさせるべきなのだと思います。

 デベロッパーに法を守ることが死活問題であると認識させることです。デベロッパーが遵法意識に目覚めれば、おのずと内部検査は厳しくなるのではないのでしょうか。
 この問題に関する読者のみなさまの考察の一助になれば幸いです。

 以下のエントリーに続きます。



(木走まさみず)



<関連テキスト>
●一にも二にも悪いのは売り主ではないのか(2)〜『しんぶん赤旗』と『報道ステーション』と『JANJAN』にダメ出しする
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20051201/1133417121
●一にも二にも悪いのは売り主ではないのか(3)〜最大手検査会社日本ERIの醜態
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20051201/1133434839
●一にも二にも悪いのは売り主ではないのか(4)〜「構造計算のことはわからない」と断言した「総合経営研究所」の胡散臭さ
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20051203/1133576168
●一にも二にも悪いのは売り主ではないのか(5)〜メディアは傍観者になるな!金亡者達を業界から駆逐せよ!
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20051204/1133625004